出会い

2018年6月30日(土)能力開発 

「出会いがある限り、人生は生きる価値がある」とあるフランスの神父さんはいいました。人生における出会いとは何か?素晴らしい出会いを実現するためにはどうすればいいのか?

考えてみましょう。

 

出会いを生かす|能力開発|ルシディチュード-灯台教養学部


出会いを考える

仏教には時節到来と言う言葉があります。人間に働いている仏の心を知るには時節を待たねばならないと言う意味です。

同じように「出会い」についても、私たちがその真の意味を理解するには人生の時節を待たねばならないようです。  

 

一人の人間が多くの目に見えぬ存在に助けられて生きていること、あるいは、一人の人間が人生の本当のあり方を知るためには有形無形の生命の助けが必要なことを理解するためには時節を待つことが必要なようです。  

色々な「出会い」なくして、自分の独力で今日まで来られたかどうか、自分の人生は自分で作り出したのかどうか、もう一度、考えてみると、私たちの人生には多くの「出会い」があったことに気がつきます。  

 

この「出会い」と言うのは必ずしも人と人との「出会い」である必要はありません。見事な絵や、心を揺さぶるような音楽、もあることでしょう。

 

「出会い」と言う決定的瞬間においては、今までに無い、全く新しいなにかが私たちに起こり、そういった「出会い」の瞬間から出てゆく時は、これに入ってゆく時とは私たちは全く違った人間になると言って良いでしょう。

言葉や思考による以上に二つの存在を内的に結びつけるものと言えます。  

 

 同じ一冊の本を読んでも、ある人は何も気づかないで素通りしてしまうのに、別の人はその本との「出会い」を体験し、人柄が変わってしまうことさえあります。この差はなぜ起きるのでしょう。

 

それは「出会い」は、一方的に与えられたものではないからです。「出会い」は先方から転げ込んでくるのではなく、むしろ自分の方にも何か物を待ち受ける感受性のようなものが備わっていなければ起こりません。

心の琴線をピンと張りつめていて、少しの風が吹いても鳴り出すくらいに感受性が高まっている時に「出会い」はおこります。

 

また、自分のはからい心を捨てて、無心の開けた心になっていることが必要です。この心の琴線が切れていたら、いくら素晴らしい「出会い」があろうと、先方からどのような呼びかけがあろうとも「出会い」の機会を逃してしまうことでしょう。  

 

体や心がふれあう事を通じて、私たちは真の生を実感し、それが生きていて良かったと言う生きがいへつながって行きます。

共通感覚を鋭くして、よい出会いやふれあいを持ち、充実した真の生を生きるとき、初めて私たちは本当に生きたと言えましょう。  

 

唯一度のつかの間の人生を、空しく過ごすのも、充実して生きがいのある人生を楽しむのも、「出会い」や「ふれあい」にかかっています。



読後チェック

①時節到来という言葉は何を意味しますか?

②「出会い」がおこるためには、何が求められていますか?



能力開発TOPへ

ABOUT US

ルシディチュード―灯台教養学部へようこそ。このサイトは、一般教養を学べる無料オンラインサイトです。Luciditude ルシディチュード= Lucid (明晰な、明快な)+ -(i)tude(状態、性質)。“すべての人の灯台としての教養を”をコンセプトに、大人も子どもも、ご家族みんなで、わかりやすく幅広く学べる一般教養をご紹介します。同時に、キャリア形成に役立つ能力開発についても発信します。雑談知識のインプット、生涯学習としてご活用ください。数学と英語は受験問題と解説を掲載しています。受験生はもちろん、受験生でない皆さんもぜひチャレンジしてみてください。

>>read more